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2010年10月5日

爆睡

春でもないのにとにかく眠い。

電車の中でも絶対眠ってしまう。(危うく乗り過ごすところ)

帰ってからPCに向かっていながら眠る。(笑われる)

テレビを見ていてもすぐ眠ってしまう。(子守唄のように)

今日などは休みで一通り家事を終えたら午前中から眠くなってしまう。(自由ですが)

暑かった夏の疲れなのか、どこか変です。

少し涼しくなってきたから体の緊張も取れて緩んでいるのでしょうか。

過去の記憶から、体がエネルギーをためようとしているときは眠くなる。

少しエネルギー不足であることは確かだ。

そんな時にいろいろと予定が飛び込んでくるので気を引き締めてかからなくては・・・。

2010年7月31日

木漏れ日

高尾山に登ったときの森の道に木漏れ日が美しく

もう10年以上東京に暮らして初めての高尾山。
行ってみると以外に近くて、でも最初から急な道で、富士登山の練習にはもってこいと感じました。

●高尾山 公式ページ
http://www.takaotozan.co.jp/index.htm

とにかく暑い日でしたが、上まで登るとさすがに風もさわやか、ビアマウントにはすでに行列ができていて学生さんたちの団体が待ちあぐねていました。

そこからさらに頂上へは少しあり、緩やかな道が続いています。
その森を歩いていると心地よく、あ~ぁ、来て良かった~と思います。

帰りは楽してリフトで降りてきましたが落っこちそうで少し怖い。
朝ゆっくり出て家に着いたのが3時ころ、近いしまた行かなくっちゃ、と思いました。

2010年7月27日

富士山本八合目にて


梅雨も明け良いお天気に恵まれたなか、1泊で富士山に登ってきました。
予定では頂上まで行くはずでしたが、本八合目の山小屋で気持ちが悪くなってしまい、登頂は断念。
3400mからの日の出を見て、次回リベンジをすることに。

このために約1ヶ月余りを準備に あてて、仕事以外の日は近場や高尾山へ10Kくらいの平地訓練をしました。
この気温の中、われながら良くがんばるなぁと思うくらいの歩きでしたが、だんだん慣れてくるもので帰ってからのシャワーが楽しみになり、汗をかくことも苦痛ではなくなりました。

それとともに筋肉が引き締まってくるのと、食べ物や飲み物も考えてとるようになり、自分のペースをつかむことに重点を置き体力つくりへとがんばったつもりでしたが、さすがに上るにつれての冷気に冷えてしまい、胃腸がついていけなかったようです。

降りてきてみると、頂上までのマラソン(?)をやっていて、ただ登ることさえ大変なのにどんな心臓してるのか、と驚きました。

「日本人なら」というところは数々ありますが、そのトップが富士山といえます。
だからかどうか、外国人、特に中国の方が多いのに少々びっくり。
そこここから中国語が聞こえてきて、皆さん大変タフでした。
幸いお天気だったから良かったですが、山の天気は変わりやすく、雨は下から吹き上げてくるし、気温が一気に下がるので要注意です。

 次回チャンスがあればまたがんばります。

2010年7月13日

嵐の後の静けさ



長男がジャマイカへ、
ぎりぎりまでPCをいじっていて食事もせずに大慌てで吉祥寺の成田行きバス停へ送っていき、結局時間がなくてDVDにできなかったデータを後から送る手配に。
研修後、数日の間に表敬訪問を2箇所こなし、友人や会社の送別会に出て、EMSで送る荷物を2個作り、持って行く荷物、トランク2個とザックとカメラバッグや機内持ち込みのバッグなど、すべて重量制限を考えてヘルスメーターで計りつつ、足したり引いたりと 部屋がまるでピッキング倉庫の状態でした。


その数時間前に、夫はアメリカ出張で一週間。
ただ駅まで送って行っただけ。
申し訳ないが二人の大事で目いっぱいで、一週間の出張くらいは自分でこなしていただかなくてどうにもならない状態。


そして次男はその前日、自分の借りたマンションに引越し。
とりあえず一週間が出勤に困らない程度の荷物で出て行く。
でも車の後方が見えないし、アクセルを踏み込んでも重量を感じるほどの荷物や本とともに移動。
家電品の受け取りやらガスの開栓の立会いもあり、全面的に協力を惜しまないと約束したので二人でがんばって運び、掃除をする。
これでとりあえず、毎晩最終電車で午前様やタクシー帰りは回避されそうで、体力的には少し楽になることを願っています。

夫いわく、「若いときは何が何でも働けばいいんだ」とのたまうが、私はそうは考えません。
私たちの若いときとは時代が違い、体を壊してまで我慢して働かなくてもよいと思います。
自分がいい見本のようなものなのに、病気になってまで会社のために働くなんて、今の時代には当てはまらないでしょう。

親としては子供にたいしては元気で幸せを願うことが当たり前なのに、仕事人間の会社の上司のような発言に、またまたカチンときた私です。




そんなこんなで、月曜から一週間は家の中には私一人という静かな静かな、言葉を発することもない日がしばらくできることに。

仕事に出ている日はそうは行きませんが、帰ってくると自分のことだけでいい生活。
なんて幸せ~・・・と感じるのは、これまで余りにも忙しすぎて自分のことも何もできずにきたから。

この三ヶ月の間に引越しが2回あったようなもの。
まったく信じられません。
完璧なんて求めずとも、とりあえずこなしただけでも御の字、ということにしたいです。


昨日長男からのメールが、ニューヨークに着きました、と。
本日のメールがジャマイカに着き、ベテランJICAボランティアの方の迎えと案内でドミトリーに入ったと。
明るい感じのメールで、とりあえず無事で楽しく日々の活動が続けられますようにと神に祈るのみです。

ニューヨークで髪をカットしに行けたかしら。。。

2010年6月8日

忙しいほど元気

都会の緑・後楽園は以外に緑が多いエリアです。
隣接してに小石川後楽園があり、後楽園球場を飲み込む勢いで樹木が生息し自然がいっぱい。


先週のこと、
実は持病の半年目の予約検診をまったく忘れていました。
予定表に書き込んでいたにもかかわらず、その予定表をチェックする時間もなく、毎日ばたんと寝てしまうような日々。

こんなこともあることを改めて感じ、更なるチェック機能を考える必要がありそうです。
自分のことだからよいのですが、これが仕事だったら困ります。

幸いに自覚症状もなく元気なので忘れてしまうのかも知れませんが、今のところ年2回のチェックは必要なようです。
半年前の予約で、その日は朝一の行動をとれるようにと早い時間で入れるのですが、出遅れて気がつくのが遅いとまったくアウト、大病院ですから忘れると次回の予約を取るのが大変なのですが仕方がないです。

誰でも一つや二つの持病は持っていると思っていますが、上手く付き合っていけば何の問題もない生活が送れるし、逆に受け入れすぎて、まさに病人状態を作り上げるのはよくありません。
忘れるくらいがよいことと思っています。

さて、家族の移動のことや仕事の忙しさでこの2週間以上でしょうか、一緒に食事が取れたのが週末1~2回だったような、自分が作ったものを自分で何日も食べ続けて・・・

まったく、忙しくて食事がいらないならもっと早くに言ってほしいものだと怒るよりも、毎日午前様で休日出勤で仕事をし、体重が減ったという次男の体調を気遣う私の気持ちなどわかるまい。

後少しで引越しをし自分の生活を始めたら、きっと気持ちも楽になることだろうし、通勤時間も3分の1ほどで体力的にも楽になることを願っています。

親のうるささから逃れることがメインだと思いますが、ある意味ではそんな忙しい生活で親への負担の気遣いもあるだろうと良いように解釈することにしました。

長男が自立するときも生活用品などそろえるにあたり協力を惜しまず、次男にも同じようにできることはしてあげたい思いが強いのは、やはり親馬鹿としか言いようがありません。

そんな中、7月に富士山に登るツアーに申し込んでしまいました。
日本といえば富士山でしょう、というくらいなのに知らないことばかり。

富士山は夏しか登るチャンスはなく、この短期間に例年すごい人が登り、銀座のような混みようかも知れません。
しかし、それを言っていると一生行く機会はないような気がするし、行きたい時、元気な時、自力でいける時でなければ叶わないと思うので軽~く決心し、行くことにしました。

舐めてかかってはいけないので、そのためにシューズとレインウエァを揃えなくては。
ザックは昨年購入、山行き満々でしたが叶わなくて今に至り、今回はあえて先に予約を入れて、ガイド付きだから安易な気持ち半分です。

目標があるっていいですね。
毎日が新鮮になり楽しみになります。

一緒に行ける友人がいるといいのですが
周りの友人は親や孫の世話で忙しかったり、最近に再婚してしまった新婚さんだったり、生活のペースが違いすぎて無理です。

夫はまさに持病を抱え、病気、病院、薬大好き派?なので、私とはまったく考えが合いません。
何せ予定表に自分の予定しか書かない人。
超問題ですが、それなりに気持ちの住み分けができているので お互いに邪魔にならないよう、助け合うべきところは助け合い?、上手くできているようです。

なので、山なんて絶対無理。
山小屋に泊まるのですが、ホテルのようなわけでなく、自分のことや周囲に気遣いをできないのでは困ります。

一人旅は少し割高ですが自分のペースで行動できるのが利点です。
普段の生活から息抜きができるといいのですが。




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2010年3月13日

嬉しいそがし

後楽園
ジェットコースターと観覧車



このところ雪が降って寒さがぶり返したりで、ちょっと気が滅入った日が続きました。

仕事は、今月2棟のマンションが竣工・引渡しで事務作業が多い月です。
何十棟もの部屋の登記や引渡しの手配って、士業の方に動いてもらったりやり取りすることがあり、結構大変で、私的にはいい勉強してます。
きちんとした仕事(?当たり前なのに)って営業の男子は苦手みたいですね。
忙しいくらいのほうが回っていく達なので今は返って元気です。

春休みも近くなると後楽園がにわかに学生や子供さんでいっぱいになり、遊園地から悲鳴(!)と共にコースターも目いっぱい走っています。

いよいよ春ですよね。
奈良のお水取りもそろそろ本番かしら。

元気に働くことの喜び、見たいなものを感じつつ、忙しくなる月の後半に入ります。

頑張っていきましょう。

そして今年は是非、長男と桜見物にでも行ってみようかな。
ジャマイカに桜があるかどうかは知らないけれど、珈琲はブルーマウンテンの本場だそうです。
絶対に長男が行って居る間に訪問します。

それまでに行きたいところもあるのだけれど。
ぐるっと巡るのもいいなぁ・・・・・。
あ~ぁ、旅がしたい~。





2010年3月12日

お気に入り

昔、退社するときにいただいた記念品
オルゴールは壊れたけれど
このおじいさんの姿が好き
足が折れた可愛そうなハンサム犬は多分骨董上物
別物なのに結構似合っている


小さい子供だった頃、ビクターとそっくりなまだら模様の犬が家に居た。
その子のあとにも多くの犬が入れ替わりに居たけれど、そのビクターに似たポスという犬のことをよく覚えている。
雑種だったけれど賢くてよくなつき、最後は確か老体で可愛そうな状態だったのに、家から出て行ってしまい家族がわからないように山に入っていって死んだようです。

動物は自分の最後がわかるらしい。
そう母が言っていた。


我が家で亡くなった子も最後は大きなため息と共に逝った。

平安な顔だったのに、悲しい出来事でした。
それは私にとってのことであり、 君は幸せだったか、と話をしてみたかった。
そう考えるほど、しゃべれないのに言葉を理解し身体で表現してくれる子で、いつも話しかけていた。
私の気持ちを察する力を持っていた犬の着ぐるみを着た、あなたは一体誰だったのか。

また、どこかで会えるような気がしなくもない。
でも、思い出すと泣けてくる。(グスン・・・・・・)










2010年2月27日

思考停止したい日

 
我が家のすぐそばを走る西武多摩川線



今月は講習や研修で出かけることが多く、在宅の日はも~うどこにも出かけたくなかったり、髪もくしゃくしゃでグータラとしていたくなるわがままな私です。
でも、そんな時には荷物が届いたりして、不在を装うことが出来なくて・・ボサボサ髪で出てしまうのです。

昔、母はよく姿に似つかわしくない帽子のようなスカーフのような、オシャレなものを被っていた。
今から考えると髪をとても気にする人で、朝の忙しいときや取り繕えないときなどに帽子でカバーしていたようです。
裕福ではなかったので髪にお金をかけられなくて、いつもまとめ髪にして被り物でカバーしていたのです。

今とは時代が違い、昔は髪をきれいに保つのがたしなみであったのでしょう。
子育てと仕事と家事に忙しく、毎日くたびれていたような記憶があり身を粉にしていたものです。
そうやって親は子供を育てて生きていくんだなぁって思います。

感謝できたか、と時々自問します。
家族や周りの人のためにばかり生きてきて、楽しむことなどしなかったような毎日で、最後まで人に頼ることに幾ばくかの抵抗があったり。
いい人生だったでしょうか。と、聞けるものなら一度聞いてみたいものです。